2008年08月30日

「感動を与えたい」の違和感

最近のスポーツ選手のなかには、
「感動を与えたい」というようなコメントをする選手が、
少なくありません。
北京オリンピック前にも
何人かの選手が言っていたのを聞きました。

だけど、感動って、
そもそも与えるものなんでしょうか?

その選手に「感動って何ですか?」と質問をしたら、
何と答えるのでしょうか?
興味があります。

感動は“与える”ものではなく、
“する”ものです。
感動する主体はあくまでも自分自身です。

スポーツを見て感動するのは、
選手に与えてもらったわけではなく、
結果として感動した自分自身の心があった、
ということなのではないでしょうか?

もっと厳しい指摘をするならば、
「感動を与える」ことを目標にして、
スポーツをしているとしたら、
その選手は、
何か大きな間違いをしていると思います。
目標は、試合に、敵に、自分自身に勝つ!
というようなものでなければ不自然です。

感動は、その結果として、
おのおのが感じるものではないでしょうか。
posted by アピア at 11:38| Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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